昨今、テレビのワイドショーなどで「紙に押印する業務をおこなうため会社に出勤しなければならず、テレワークが実現しない」という、あたかも印章(ハンコ)がテレワークの阻害要因であるかのようなマスコミ報道がなされております。
これによって、国内の印章業者には視聴者からの抗議が届いたり、売り上げ減少の影響が出るなどの風評被害を受けています。このような事態を鑑み、関係する業界団体として意見を表明いたします。
「ハンコがテレワークの阻害要因」という内容の報道は、街頭インタビューの少数意見を根拠としており、極めて局部的で公平性に欠けています。また、国内法令や実際の業務フローの実態を反映していません。
以下、その理由について述べます。
ハンコだけを悪者にするのは公平ではありません
印章を捺すのは、本人確認が目的では無く「意思の担保」が目的です。すなわち、書類の内容を承諾した証拠(担保)として相手に差し出すのが押印の役割です。担保として相手に渡さねば意味がないため、パスワードや運転免許証では代用することはできません。
この「意思の担保」が果たせるアイテムは、アナログ(紙文書)では印章、署名(サイン)、拇印が代表的です。また、国内法の多くが「記名+押印」と「署名」には同等の法的効力があるとしており、それを実践する(署名で可とする)やり取りは、行政手続き、民間の商取引を問わず多くあります。
にもかかわらず、昨今の報道ではハンコのみを槍玉にあげて、公平性を欠いています。「テレワークの阻害要因はハンコとサイン」と正しく報じるべきでしょう。
そもそも「紙による文書の決済、認証を得るためにわざわざ出勤しなければならないためテレワークできない」というのが一連の報道の本質的内容です。にも関わらずハンコだけを元凶のように報じるのは、視聴者受けするキャッチ―なネタにしたいがため、ハンコをスケープゴートにしていると言わざるを得ません。
全てデジタル化は不可能という観点が欠けています
確かに「紙文書を使うこと自体でテレワークが進まない」という一面はあるでしょうが、ではテレワークを進めるため、社会のすべての紙文書を廃してデジタルでのやり取りに変えることが現代で可能なのでしょうか。
社会には今なお、紙でなければならない文書があります。例えば証明書類、行政文書、宅配便の送り状、薬の処方箋、レジのレシート、高齢者相手の契約書類などです。テレビ番組の台本も紙にプリントしているのが現状です。それらは原本保管の必要性、使用環境、デジタルデバイドに左右されない、など様々な必然性があって今も紙ベースで利用されているのです。つまり、今すぐに世の中全てを完全にデジタルに置き換えることなどできないのです。であれば、その紙文書に伴う認証・決済の行為(意志の担保)には必ず、ハンコあるいはサインが必要になります。
つまり、世間が「テレワークの阻害要因がハンコ」であるという報道を鵜呑みにしてハンコの使用を止めたとしても、認証・決済が必要な紙文書が存在する限り、当該社員は出勤しなければなりません。
であるなら「テレワークの阻害要因がハンコ」というのは的外れで、問題解決に繋がりません。
原因はハンコではなく、企業ごとの業務フローの無駄
今般の報道が、「電子メールのやりとりで済む程度の、さして重要ではない内容を紙文書にして捺印させるケースもあり、無駄に出勤しなければならない現状がある。それを端的に表現するのに『ハンコによってテレワークが進まない』と報じた」という意図であるなら、それは風評被害を招きかねない行き過ぎた表現だと思います。
上記のケースで言えば、ハンコが主たる元凶でないのは明白です。根本原因は当該企業の業務フローの欠点です。「企業ごとで定める業務フローの中にムダがあるためテレワークが進まない」と、正しく報じるべきでしょう。
デジタル化で逆にテレワークできないことも報じるべき
「紙文書を使うことによってテレワークが進まない」という一面はあるでしょう。
しかし逆に、デジタル化したが故にテレワーク不可能になった業務もあります。
例えば、生命保険の契約などにおいてタブレットにタッチペンでサインするハンコレス方式が進んでいますが、これは契約者本人が目の前で必ず自署しなければならず、テレワークで出来ない業務です。ネットバンキングについても、社員が自宅のパソコンから会社の資金移動をおこなうことはできません。どうしても、出勤して社内の決められた端末から業務を行うしかありません。
他にも、個人情報を含む顧客データをコピーして持ち帰ることを許可する企業があればコンプライアンス上の問題が指摘されるでしょう。そもそも、デジタル化が進む大企業であればあるほど、セキュリティの理由でイントラネットなど社内ネットワークに外部端末からアクセスできないようにしているはずです。
※実際に日本経団連が会員企業に対しておこなった調査では、「テレワーク実施の障害要因としては『情報管理を含めた業務の性質』という回答が74・8%」(4/22産経新聞)を占めており、回答の中には「押印」「ハンコ」という回答はありません。[2020.4.28 加筆]
すなわち、現代の日本の企業活動においてテレワークが進まない要因があるとしても、それは紙であれデジタルであれ「各事業所が定めた業務フローや社会的に必要なやむを得ない理由」が原因なのです。
そういった原因をつぶさに取り上げず、アナログの紙文書だけを一方的に悪とし、しかもその中のハンコだけが元凶であるかのように報じるのは、公平性を欠いています。
そもそもテレワークとは本来、広義で遠隔勤務、在宅勤務を意味しており、必ずしもIT機器やネットワークの使用が必須ではありません。会社の許可を得て印章を持ち帰り、自宅で紙の請求書に捺して郵送するのもテレワークの1つのスタイルです。
[終わりに]
現在、弊会はもとより印章業界は、今般の新型コロナウイルス問題において、国の要請に応じた休業や時短営業をはじめとする感染拡大防止に積極的に取り組んでいます。売り上げ減少などの自らの不利益を顧みず、国民の皆様の生命と安全、日本社会の秩序維持に努めています。
電子印鑑やデジタル印影の普及と開発に関しても20年以上前から取り組んでおり、社会のデジタル化に協力してまいりました。報道各社には、そういったことも踏まえ、公平、公正で正確な報道をお願いします。